2007.04.11

市立舞鶴市民病院

【舞鶴市民病院歴代病院長 在任期間】

初代病院長 小林専一  昭和22年11月1日から昭和23年8月31日
2代病院長 伏木卓也  昭和23年9月1日から昭和27年4月3日
3代病院長 関 和夫  昭和27年4月4日から昭和39年3月31日
4代病院長 林 彪   昭和39年4月1日から昭和57年3月31日
5代病院長 瀬戸山元一 昭和57年4月1日から平成4年3月31日
6代病院長 大隅喜代志 平成4年4月1日から平成14年8月31日
7代病院長 田中明   平成14年9月1日から現在

※上記に関する資料のお問い合わせ先
舞鶴市立舞鶴市民病院
〒625-0035
舞鶴市字溝尻150番地の11
(Tel)0773-62-2630
(Fax)0773-62-5610

【参考記事】
『舞鶴市民病院の特殊性について』(http://www5f.biglobe.ne.jp/~iyatsue/maizuru.htm)より抜粋

入院患者50人を内科3チームに分けて持つ。1チーム5-6人。雑誌とかに広告を出して、アメリカから臨床教授クラスの臨床医を招聘し、教育に当たらせる。

一日の日課は次のとおり

7:00頃 研修医が受け持ち患者回診
7:30から8:00 ジャーナルクラブ
8:00から9:00 チームごとの回診
10:00から11:00 研修医+外人医による回診
12:00から13:00 昼飯食いながら新患カンファ
15:00から16:00 講義
16:00から17:00 外人医+全医師による回診
17:30から 各種カンファ
19:00から 各チームごとの簡単な症例検討会

1日最低4回の回診。病歴と身体所見を最大に重視した初期教育。
あとは何より招聘した指導医のレベルの高さが特徴なのかな。
・・・・・・・・・・・・
  普通に大学で研修を受けた僕にとっては、信じられないような充実ぶり。
(僕はついていけない自信がありますが)
  外国人医師も「アメリカの臨床教授クラス」ですから、一流どころみたいですし。
  1日4回の回診に、カンファレンスに講義。
  「50人を14人で持てば、ひとり3?4人、楽勝!」とか思ったのですが、実際は3チームに分けてということですから、各研修医は、15人くらいの患者さんの状態を把握していなければならないことになりますね。これは厳しい…
  おまけに、これだけ一日に拘束される時間があれば(もっとも、これなら急変時以外に患者さんの回診をする必要はないかもしれませんが)、自分で勉強したりする時間はそれ以外ということになりますから、かなり肉体的にもハードなはずです。
  もっとも、この病院の研修医は公募で、やる気のある優秀な人たちが集まってきていたはずですから、「ハードなのは承知の上」ではあったでしょうけど。
  しかしながら、このシステムは、病院経営という面では、けっしてプラスではないだろう、ということも容易に想像できます。研修医の給料は微々たるもの(僕は正確には知りませんが、ものすごく安かった可能性が高い)でしょうが、それでも、経営陣や他の科の医者からすれば、「あいつらはあんなに大勢いて、一日中カンファレンスばっかりやっている」というような反発を受けるのも、致し方ないかなあ、という気もしますし。
  国公立の病院ですら「収支の改善」が求められている昨今ですから、「どうして自分たちが、あの『好きなことばっかりやってる連中』の(金銭的な)尻拭いをしないといけないんだ!」と思うのも当然でしょうし、院長だって、経営を改善しようと思えば、不採算部門を整理するのは仕方ないところもあるのです。
  こういう研修制度は、医学界全体には大きなメリットがあるとしても、舞鶴市民病院単体としては、「金食い虫」でしかないでしょう。
  考えてみれば、この地方の市民病院が、こんな画期的なシステムを20年も継続させてきたこと自体がたいしたものなのかもしれません。逆に、このくらいの規模の病院だから小回りが利いた、ということもあるでしょうが。
  この病院で働いている内科医たちがほとんど全員辞めることを選んだ気持ち、僕にはよくわかります。彼らは自分の医師としてのキャリアに希望と野心があって、素晴らしい研修システムで医師としての実力を磨くために、舞鶴市民病院を選んでやってきた人たちです。たとえば、ホーキング教授のもとで宇宙物理学を学ぶためにケンブリッジにやってきた学生が、ホーキング教授が大学を辞めて、同じ研究環境が期待できないとしたら自分も辞めるというのは、そんなに不自然なことでしょうか?
  たぶん、副院長先生の去就だけではなくて、赤字体質の改善のために、この病院の内科の方針や研修システム自体が改変されるということなのでしょう。
  「それなら、ここにいる意味がない」そうみんなが考えるのは、ある意味当然なのでは。
  ただし、この「集団辞職」に「患者さん不在」という面は、確かにあるでしょう。いままで診療をしていた医師がみんなやめていくことによって、病院はシステム的な混乱をきたしたり、引継ぎの不備が出ることも考えられますし。
  しかし、だからといって「誰が残るのか?」という話になれば、みんな「自分は辞める」と言うのも仕方ないような気もするのです。もともと、市民病院の医師というのは、一部の常勤医を除けば大学からのローテーションの医者が入れ替わり立ち代わりやってくる、というのが多くの地域での現状ですし。
  「患者さんのために働く」のは医師として当然のことですが、「患者さんのために月給1万円で働け」とか「患者さんのために意に染まない職場にずっと残れ」というのは(ちなみに、舞鶴市民病院で、そんなことが実際に言われたわけではないですからね、あくまでも例え話)、あんまりだと思うのです。もともとここで働いていた人たちは、地域への愛着というより、自分の実力アップを求めてきた人も多かったでしょうし。
  今までは、そのことと「患者さんに充実した医療を提供する」ということが、うまくマッチしていたわけです(1日4回も回診されるのは、ひょっとしたら患者さんには辛い面もあったかもしれないけど)。
  病院側も「これからの舞鶴市民病院の方針に沿った内科スタッフ」に切り替えていくつもりでしょうし、「代わりを探すのは大変だけど、経営改善のためにはやむをえないこと」と考えているような。
  「春からは医者の数が減る」と報道されていますが、規模と病床数からいえば、内科医は4?5人いれば十分「普通の市民病院として」機能するはずですし。
  そりゃ、「多い方がいい」には決まってますが。
  今回の件は、「普通の市民病院」が、「普通でないシステム」を抱え込んでしまったゆえの矛盾(理想のためには、採算が取れなくてもいいのか?)が顕在化したということだと思うのです。さらに、その先進的なシステム自体もひとりのカリスマ医師に頼りきっていたというのも問題点でしょう。
  これは本来、一地方病院でやるべきことではなかったのに、今まで続けて来れたこと自体が凄いことなのかもしれません。そりゃ大赤字になりますよ。

詳しくはこちら


このホームページは医師の手によるものと推測され、破綻の要因をうかがわせると思います。
変革の時期は、玉石混合を見極めることはなかなか難しいといわざると得ません。
瀬戸山イズム信奉者に冷や水であり高知医療組合が職員の信頼と住民の信頼を勝ち得ていくことを願うものです。
瀬戸山氏が重要な地位を占めた舞鶴市民病院、高知医療組合、島根県立中央病院は思い切って情報公開をすることが求められると思います。
  自治体が真実を公開する勇気をもってほしいと思います。(長 隆)

市立舞鶴市民病院 平成17年度3月期医業収入35%減、経常損失7億円増加!!
(東日本税理士法人が情報公開により入手した数値による)


【舞鶴市議会議事録】
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