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2005.10.17

「過疎・累積赤字の町の病院が生き返った」

【2005.10.11 社会保険旬報 No.2258】

シリーズ
自治体病院再編と地域医療?

「過疎・累積赤字の町の病院が生き返った」
公設民営で病院を再生した京都府大江町の例

●医療ジャーナリスト 杉元 順子

 京都府福知山市と中舟の三和、夜久野、大江三町は、来年1月1日に合併する。
 それに先立ち今年4月1日、大江町の町立国保病院が、医療法人財団を指定管理者とする新大江病院としてスタートした。

 大江町立国民健康保険大江病院は恒常的な赤字経営で合併先の市側から現状の形での受け入れを反対され、存続が危ぶまれていた。しかし、病院の存続を求める住民や病院関係者の熱意と長い協議の結果、公設民営化の形で甦った。同病院の事例は、自治体病院改革の一つのモデルケースといえる。

医療法人を指定管理者に新大江病院が発足

  「急性期病院は地域には不要だという声もありました。しかし、一方で極端な高齢化の進展で、いざというときに駆け込める病院がないと困るという住民全般の強い意見がありました。合併で地域に病院がなくなるようなことがあるなら町長は辞めて欲しい、ともいわれ、住民と共に懸命に取り組んできました」と大江町長・伊藤尭夫氏(73歳)は語る。
  福知山市との合併(三和町、夜久野町、大江町の一市三町)が決まった大江町国保大江病院は、4月1日から指定管理者の制度を活用した公設民営病院、国民健康保険新大江病院として発足した。指定管理者は、医療法人財団新大江病院。
  3月下旬に行われた開院祝賀会には京都府知事、同府議会議員、近隣市町の代表者らが出席した。
  合併協議会で紆余曲折があっただけに、伊藤町長の感慨はひとしおのようであった。
  町議会議長の高橋宏嘉氏(78歳)も思いは同じだった。「私自身、この病院に2回命を助けられました。住民にとって急性期病院が近くにあることがいかに大事か身にしみており、何としても必要と考えて、それ抜きに合併はしないと主張しました。40%近い高齢者がいますからね。しかし、経営の安定化を図るために半数のベッドを慢性期にする方針にしました」。
  新大江病院の竹村周平院長(56歳)は、町立病院のときからの院長であり、指定管理者として病院の管理にあたる医療法人財団の理事長でもある。
  「自治体が設置して経営する病院から医療法人財団が運営の全てに責任を持つ公設民営病院への体制移行は京都府では初の試みです。重い責任を任されることとなりましたが、健全な経営を基本に、町民の皆さんの期待に応えられるより全力で当たりたいと考えています」と、スタートにあたり決意を語った。
  民営化移行に際しては、医師・医療スタッフは引き継ぎ、病院建物の改築、医療機器の再整備を行った。また、訪問看護ステーション「ひまわり」を新病院の組織に組み込み、委託形式で一体運営することとした。医療と介護、在宅など地域包括医療の充実を目指していく。公務員から民間病院の職員となったスタッフらも「私たちは変わります。病院を変えてみせます」をモットーに意を新たにしている。
  厳しい道のりだっただけに開設祝賀会の日、新病院の廊下で院長と言葉を交わす住民たちの表情は明るく、安堵の色がみえた。

町立大江病院の経営状態

 京都府北部、丹後半島に近い中丹地域にある大江町は、大江山の鬼伝説で名高く伝統と豊かな自然に恵まれた農林業の町である。町の中心部を流れる一級河川、由良川は舞鶴を経て日本海に注いでいる。しかし、その氾濫による水害との戦いの歴史は長い。大江山の鉱山閉山後、大きな基盤産業がないため、過疎化が急激に進んできた。
  昭和26年、隣接1町5カ村が合併して大江町が生まれた当時、1万1700人だった人口は現存5600人。高齢化率は約36%、出生は年間30人前後、典型的な過疎の町である。
  町の財政は、半分も国からの交付金を頼りに運営されてきた。しかし、国家財政の著しい悪化で、平成11年頃から毎年1億円の削減となり、(平成16年で17億8500万円)町は危機的状況にあった。
  こうした中で持ち上がった1市3町の合併話だが、問題は町立病院をどうするかであった。
  大江町立国保大江病院は、昭和28年1月国保大江診療所として発足した。間もなく内科、外科、産婦人科の三科の病院に改修。附属有路診療所の開設を経て同50年7月には48床の病院を新設した。当時、人口は1万人前後で、安直的な運営だった。59年3月に72床に増築、平成12年3月の療養型病棟増改築完成で、一般病床36床、療養型病床36床の運営となり、現在に至った。
  この間、過疎高齢化による患者の減少は進み、それでも昭和63年頃までは3000万円程度の一般会計からの繰り入れで黒字となり、運営も比較的安定していた。その後、薬価、診療報酬面でのマイナス要因と重なって、平成3?4年頃から病院経営は苦しくなっていった。町からの繰入金は増える一方で、平成7年には1億円を超え、“行政が病院を守る”図式になった。
  そうした中で、病院としても事態の打開に向けた自助努力をすべく、平成8年度には繰入金を11年度まで1億円に凍結することを決めた。
  病院は経営の抜本的改善を図るために、平成12年に一般、療養の病床72床を各36床に区分けするなど整備拡張を図り、稼働率向上に新しい試みも行った。15年に町は苦しい中で交付金を二億円繰り出した。15年度の病院事業報告では経常利益で約6千万円、純利益約4千万円を計上することができた。しかし、すべての赤字解消とはならなかった。15年度末現在、1億5千万円の累積赤字がある。

公的民営化へ基本方針と具体策を決定

  こうした状況の中で、平成15年頃から福知山市と同市を中心とした1市3町の合併話がもち上がった。
  「この町について長期的視点から考えると、合併を検討せざるを得ない状況でした。合併に際して、財政の苦しい中で病院をどう守るか、大江町民にとっては命の砦であり、病院の存続は合併の最重要のテーマでした」(大江町特命課長・病院改革統括・嵳峩賢次氏)。
  一方、福知山市側では、同市民病院と併存することになることに加え、町立大江病院の大幅な赤字を理由に受け入れに否定的で、経営形態の抜本的見直し、すなわち、規模を縮小した診療所での存続を示唆していた。
  「合併しなければ町は生き残れない。しかし新市の要請には応じられない。そこで病院の生き残りをかけた厳しい改革に着手することになったのです」(同氏)。
  合併協議の開始に先立ち、町は平成15年11月、総務省の地方公営企業を支援する事業を活用し、経営アドバイザーの派遣を要請。病院の経営診断を受けた。その内容は、廃院か、あるいは思い切った改革を迫るものであり、この提言をきっかけに病院の生き残り戦略が具体化していった。
  16年2月に病院改革委員会を設置。9月の答申を受けて、町長は次のような基本方針を定めた。
?町民の強い要望に応え、将来的に存続する公設民営の病院とする。
?民営化前の累積赤字(1億5300万円)は大江町が清算解消する
?現に必要と見られる設備投資については整備する
?民営化にあたっては、大江病院医療職全員の雇用の確保を前提とする
?大江訪問看護ステーションなど大江地域介護支援センターを病院運営と一体的に管理運営し、地域包括医療の拡充を図る
?医師確保に関し、従来どおり京都府及び京都府立医大から医師派遣の支援を求める。
  これを受けて病院改革委員会は具体策を次のようにまとめた(概略)
(1)  病院の役割と機能―中舟3市3町の医療圏で、急性期、高度医療を担う病院との連携を深め、慢性期医療、長期療養患者の受け皿としての役割と機能を担う。
(2)  経営形態―外来患者の大幅増は見込めない。介護療養型の診療報酬がまとめて大きな収益増とならない。医療収益にかかる給与比率が極めて高い(72%)ため抜本策が必要。このため公設民営化を図って、指定管理者制度により経営と管理を「特別医療法人財団」に委託する。その際、24時間診療体制など現行の機能は継続し、町民のニーズに応える。
(3)  職員の身分保障―地方公務員法などに規定された保障を法的にクリアする。町職員組合と話し合い、労 間の合意を得る。職員はいったん整理退職し、新医療法人に全職員を身分切り替え雇用する。法人は健全経営に努力し、生活保障のための給与など早急に検討する。
(4)  開設者と医療法人との協定―医療法人への経営委託にあたり現行の建物、医療機器は受託側の医療法人が無償で使用(10年間)する。建物の改築、大規模修繕、高額医療機器の整備は中期的な整備計画のもとに開設者が実施する。
(5)  特別医療法人が行う事業―特別医療法人は病院事業活動と併せて、その他の収益事業を行うことができる。効率的な医療を提供するためには保健、医療、福祉・介護サービスを提供する関係施設との機能連携が必要。訪問看護ステーションや在宅介護センターなどを経営組織の中に組み込み、施設医療と在宅医療  により患者サービスの向上を図る。
  なお、大江町は特別医療法人財団の設立に当たり、従来の基準内繰出金1億円を5ヵ年分(5億円)先払いの形で、転換交付金として拠出した。その財源は国民健康保険事業基金及び一般会計などで充当した。

町立病院閉鎖と住民の不安

  平成16年秋、改革の基本方針決定で、関係各方面の発表や説明を実施したが、町立病院が閉鎖されることに対する住民の不安が高まることになる。
  昨年の10月20日の台風23号で町はかつてない大被害を受けた。災害対策本部の設置、不眠不休の応急対応で合併協議会が中断された。また、12月には伊藤町長が合併のリコール署名を受け、町民に信を問うべく辞職し、17年1月に再選された。
  この間、病院職員や組合幹部への処遇説明や公設民営移行への準備が行われたが、職員や患者、住民の間で危機感、不安は高まっていた。
  嵳峩特命課長は当時の職員の反応、町の様子などの状況をこう語る。
  「職員はうすうすは分かっても情報は十分に浸透しているわけではなかったので、合併のことや病院運営の具体的状況などについて個別に面談しました。いきなり全員解雇、10万円の給料ダウンでは寝耳に水ですから。現実問題として、病院はどうなるかをじっくり説明したのです。
  ところが、半数以上に反対の声が出てきた。命の砦である病院を公立病院として何としても残してほしい、と町内を揺るがす運動になったのです。大江町は地域づくり活動が活発で、伝統へのプライドも大きいため、合併の犠牲になるのでは、との意識もあったのですね。
  水害で役場も水浸し、災害復旧のさなかでした。何度も説明を重ねた上、町長も再選されて合併の方向が決定し、今後の病院運営についても地域医療が守られるのであればということで、ようやく一定の理解が得られました。
  結局、町の病院がつぶれる、という情報が一人歩きし、職員や住民の不安が募っていたのだと思います。状況が分かって、安堵感が生まれたのです。激動の一年でした」。
  その後、給与や諸経費の見直しを始め、法人化への病院経営方策がたてられていった。17年3月に京都府知事から「医療法人財団新大江病院」の設立認可が下り、同月末で町立国保大江病院は閉鎖された。

「出て行く医療」で地域医療を充実

 新病院の竹村院長(56歳)は、京都府立医科大学出身で膠原病、リウマチの専門医。ハーバード大学、府立医大内科、府立与謝野海病院診療科長等を経て診療課長等を経て大江町病院に大きな決断をもとに赴任した。
「今までのように病院で待つだけではなく、訪問診療、訪問看護により委託面も充実させていく。つまり出ていく医療もやっていく方針です。また、企業や個人対象の検診にもさらに力を入れたいと思います。今の対応の急性期医療を受け持つだけの病院と少し違った形で、地域医療を充実したものにしていきます。ただ、保守的な風土の中での医療、介護は普通の足し算、引き算では答えが出にくい。実際口でいうほど楽ではないでしょう。まずは患者と十分なコミュニケーションをとり、患者に心が通じる医療を、と常に考えています。家族に代わって良心的に患者を手当てしていかないと本当の利用にはつながらないでしょう。医療圏を新市にも広げて、他の地域医療機関と手を取り合って、何とか永続性あるシステムにもっていかなければと思っています」と決意を語る。町長の熱意、アイデア豊かな新宮七郎助役(合併後は病院の事務長に就任予定)のサポートのもとで誠心誠意医療に当たり、病院運営を軌道にのせて行く意向だ。
  新大江病院発足後の半年。改革の状況を木ノ下正昭事務長代理に聞いた。
  まず給与体型の改革である。従来の行政職給与表による年功序列方式から、医療職給与表の適用に変更し、完全職務職階制とした。その結果、正規職員全体で給与額は平均12.47%の減、公務員共済保険など法定福利費も含めると平均21.4%のダウンとなった(退職手当積立金を除く)。この人件費の削減は、病院経営に大きく影響している。
  改革後、入院患者が増加して、入院収益が増え、増収増益傾向となっている。
  医療機器の整備、施設の内外装一新などハード面の充実で、患者に対し安心、安全、快適かつ最適の医療を提供していける体制を整えた。
  入院、外来の平均単価は表1の通りである。慢性期・長期療養介護型医療を主とする病院であることから、急性期、高度医療病院に比べると平均単価は低い。新法人設立を機に診療開始時間を8時45分とし、15分早めた。夜間診療(火・木)も始めたほか、診療科目は内科に加え、消化器科、リウマチ科の2科を増設した。
  機構改革も重視し、ボトムアップ、トップダウンがともに図れるような風通しのよい組織に改めた。(別紙図1参照)
  医師も府立医大の協力で4人を確保、新年には大江町の改革を伝え聞いて遠方から着任する医師も加わるという。職員は合計61人となる予定だ。
  接遇、個人情報保護法の研修の実態など職員の資質向上、病院のイメージアップにも努めている。患者の生の声を聞くため意見箱も設置した。
  「病院も看護婦さんも明るくなった」「親切で対応も良い」「夜診があってありがたい」などの意見が寄せられている。職員全体に公立病院の甘えを捨て、地域医療を守らなければとの意識が高まっているようだ。
  また、町内全域に無料送迎バスを配し、寝たきりや車椅子の高齢者なども受診しやすくした。病院広報誌「ひだまり」を全戸に配布、情報を積極的に提供している。まさに守りの医療から攻めの医療への病院運営の一端である。
  公設民営病院であることから、役員は各種団体や町民代表で構成されているのも、特徴の一つだ。理事6人、評議員13人、監事2人の役員は、地域の声を反映し、“おらが町の病院”意識を考えての役員構成だという。
  同病院では、これまで毎年2億円近くの赤字だったが初年度から収支均衡予算が承認された。
  京都府北西部大江山のふもとの小さな町の大改革はこうしてスタートした。経営環境は依然厳しく、安定的な経営を維持できるかは予断を許さない。しかし、「こうした病院が潰れるようでは医療制度がおかしい」という声を社会はどう聞くのだろうか。

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